「被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会」第二号碑広陵学園

  “原爆の絵碑”2号碑は、2003(平成15)年に広陵高校(正門横に建立され)で除幕されました。原画は松島圭次郎さんが描かれたもので、(被爆当時広陵中学校があった)宇品の御幸橋附近で建物疎開中大火傷を負った子供たちが歩く姿が描かれています。
昭和20(1945)年8月6日8時15分人類史上初めての原子爆弾が投下されました。一瞬に広島の町は焦土と化し、人々のささやかな幸せも崩れ、地獄絵図惨状に塗り替えられました。「70年間草木も生えない」と言われた放射能の被害は、今も多くの市民を苦しめています。
この陶板画は、当時宇品御幸町にあった広陵中学校(現:広陵高等学校)付近の惨状を目の当たりにした被爆者が描かれた絵です。悲惨な被爆体験を風化させることなく継承し、世界の恒久平和の実現を願うよすがのひとつとして、広島シビタンクラブの協賛を得てこの絵碑を建てました。
平成15(2003)年6月27日 学校法人広陵学園 広陵高等学校
広陵高校が宇品から沼田に移転していますのでいささか遠く、全9箇所の原爆の絵碑の最後の訪問になりました、横に建立の原爆慰霊碑に目を閉じ頭を垂れたあとこの碑を拝見しました。
06.10.10裕・記編集

06.09.30撮影
広島市安佐南区沼田町伴4754  (学校法人広陵学園・広陵高等学校)

05.11.03撮影
原爆の絵碑 2号碑 被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会
被爆石提供:原仲裕三(旧国鉄宇品線ぷラットホーム) 制作:野村 敦






































































































 















西





















































































































































































































































































































「被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会」碑・全体
1号碑 西応寺
2号碑 広陵学園
3号碑 広島YMCA
4号碑 ルーテル広島教会
5号碑 広島女学院
6号碑 天満小学校
7号碑 福島生協病院
8号碑 歯科医師会館
9号碑 赤十字原爆病院
10号碑 広島共立病院
広陵中学校職員生徒慰霊碑
「被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会」広陵学園
(広陵中創設者の一人)田中イト女史顕彰碑
広陵学園(旧宇品校舎)
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