二葉山平和塔 (通称:仏舎利塔)

  この広島市二葉山平和塔は、人類の幸福と戦争のない世界の恒久平和を念願し、史上最初の原子爆弾の犠牲者二十数万の冥福を祈り、平和の聖者釈尊の御真骨を奉祀して建立されたものです。
昭和二十九(1954)年四月日本山妙法寺主藤井日達聖人により地鎮祭が行なわれましたが、その後、十二年を経て昭和四十(1965)年、地元の開拓団の方々が各自の土地の一部を売却して建設資金をつくり、本山妙法寺や有志の協力により完成し、昭和四十一年八月五日に落慶式と広島市への寄贈式が行なわれました。
塔内にはインドのネール首相より贈られた仏舎利が一粒、モンゴル仏教徒やセイロン国(現スリランカ国)より贈られた各一粒も併せて奉安されています。正面の仏像は、昭和四十一年五月、セイロン国から贈られたものです。また県市民の平和の願いをこめた祈念石数万個も収納されています。

(広島で)普通に仏舎利搭と云えばここを指します。なお、標高139mの山頂この地は、戦時中半地下式の大型高射砲四門がすえられていたところです。
07.06.12追記    03.02.20裕・記編集
   関連頁:(改修工事が施されていた)二葉山平和塔

’03.02.20. 撮影
広島市東区光が丘1 (二葉山山頂附近)

’07.01.07撮影
東区光町2丁目からみる(通称)仏舎利塔

’03.02.20. 撮影

’03.02.20. 撮影
正面 西側(裏側)

’03.02.20. 撮影
セイロンから贈られた仏像、1966(昭和41)5月27日仏舎利塔に安置されました。
ぶっしゃり
仏舎利
釈迦の遺骨。仏の骨。
ジャワハラル・ネール
(1889-1964)
 インドの政治家。カシミール地方の生まれ。
16歳の時に渡英し、1905年英国のハロー、ケンブリッジ大学で教育を受ける。1912年にインドに帰国。1919年ガンジー(1869-1948)率いる国民会議派の国会議員になりガンジーとともにインド独立運動に参加、国民会議派を指導。1947年インド独立後は初代首相(1947-64)。アジア・アフリカ会議の中心的指導者でもあった。ネルー。
スリランカ
[Sri Lanka]
インド半島の南方、セイロン島を領土とする(正称)スリランカ民主社会主義共和国。旧称セイロン。
1948年英国から独立。茶・ゴム・宝石を産出。南方仏教の中心地。住民は仏教徒のシンハラ人が四分の三を占め、他にヒンズー教徒のタミル人(同国の北部に居住)がいる。
主要言語はシンハラ語・タミル語・英語。首都はスリジャヤワルダナプラコッテ。
面積6万5千u。人口≒17,410,000(1992)。
モンゴル
[Mongol]
アジア北東部、モンゴル高原北部の内陸国。共和制。(正称)モンゴル国。旧称、外(そと)モンゴル。
1921年中国から独立。1924年人民共和国になったが、1991年現国名に改称。
農牧業が盛んで羊毛・皮革などを産する。首都ウランバートル。住民はモンゴル人。
面積157万ku。人口≒2,310,000(1992)。



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