ぜんのうじ
善応寺

  如意山(にょいざん)善応寺は臨済宗妙心寺派のお寺で、本尊は十一面観世音菩薩です。広島新四国八十八ヶ所霊場第七十一番です。
知新集に「善應寺は興禅寺末寺で往古は豊田郡小田村に在って廣雲山真光寺といっていたが福島公のときに廃却を申し渡され同所は旧跡になっている、いつ当地に移ったかはわからない、元和5(1619)年の旧記には真光寺として載っているがいつからいまの寺号担ったかは古い人もわからないという」と記載があります。当時から臨済宗妙心寺派に属しており、以前は如意山禅応寺と称していました。寛政10(1798)年境内に伏見稲荷大社の分霊を勧請して鎮守とし、仏法の弘通を計るとともに広島における鍛冶稲荷の祭神とし其後寺名を善応寺と改名しました。
資料をみて原爆関連の慰霊碑が建立されている事を知り、2002(平成14)年に訪ねたのです。
2006年になって交流ウォークの時に臨済宗のお寺である事を教えていただき、神仏習合の名残なのでしょう鍛冶稲荷神社も併設している事を知りました。また、被爆した建造物を調べているときこの善応寺の鳥居、墓石が被爆したものとして記載がありましたので再び撮影し、個別の頁に編集しました。
07.08.06裕・紀編集

’06.08.05.撮影
広島市中区本川町1‐2‐9 善応寺

’07.01.07.撮影
本堂 第七十一霊場

’07.01.07.撮影
標柱、石鳥居、木製鳥居 明治三十五壬寅(1902)年十月吉祥日



広島の神社仏閣」編



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善応寺
(善応寺に建立)原爆精霊供養搭
(善応寺の)被爆した鳥居、墓石
(善応寺境内社)鍛冶稲荷神社