広島市役所本庁舎・原爆被災説明碑

  旧・広島市役所は1928(昭和3)年3月竣工、鉄筋コンクリート造:4階建・地下1階、設計者:増田清でした。
(一部資料室として保存されましたが)1985(昭和60)年11月解体されました。
爆心地から≒1020m  被爆当時町名も国泰寺町
  電車通りに面た花壇の中に設置されていますが、何度となく横を歩いたことがあるの知らなかったのです。無関心であったし、資料を見るまで旧庁舎が焼けて廃墟となったにもかかわらず救護所になったことも知りませんでした。
 05.11.03追記   04.04.10裕・記編集

04.04.06撮影
広島市中区国泰寺町1-6-34
桜もそろそろ終わりのころ、ツツジが碑の廻りで咲き出していました

04.04.06撮影
広島市役所本庁舎・原爆被災説明板
爆心地から約1020m
  鉄筋コンクリート4階建の市役所には、広島県防空本部が置かれていたこともあり、この周辺は建物疎開によって空地化され、焼夷弾※などに対する防火体制は整えられていました。しかし、人類史上最初の原爆投下により猛火に包まれ、内部はほとんど焼きつくされ、中にいた数多くの職員が犠牲になりました。火災のおさまった後は、助けを求める多くの負傷者を収容し、臨時の救護所となりました。
焼けただれた市役所本庁舍 
1945(昭和20)年12月末頃  米軍撮影
粟屋仙吉市長(当時51)は、水主町(現・加古町)の被爆市長公舎跡(爆心地より約950m)にて亡くなりました。
しょういだん
焼夷弾
  火炎や高熱によって人や建造物などを殺傷・破壊する爆弾・砲弾。テルミット・油脂などを焼夷(=焼きはらうこと)剤とする。

’05.09.17.撮影
現在の広島市市役所
広島市中区国泰寺町1-6-34
TEL (082)-504-2116
広島市役所新庁舎完成は、
昭和60(1985)年とききます。



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