大河地区町民戦死者原爆犠牲者慰靈碑

  戦死者92柱、原爆犠牲者84柱のお名前が刻み込まれています。(原爆犠牲者は被爆直後亡くなった79名と三年以内に亡くなった5名の方々だそうです)
建立:昭和56(1981)年8月6日   大河文化財保存会
広島原爆戦災誌で、この地区の範囲は仁保町、仁保丹那、仁保楠那、仁保宇那、仁保大河、旭町、出汐町、霞町で
爆心地からの距離は「至近距離≒2400m、もっとも遠いところで≒5200m」と記述しています。
(被爆直前の概要)
大河南町 378戸 375世帯 1650人
大河北町 285戸 285世帯 1150人
即死者0.2% 負傷者0.4% 無傷の者99.4%
とあり即死者は市中心部に出ていて被爆したものとあります。原爆による直接的な被害は少なかったような記述になっていますが、後の放射線の影響で癌などの病魔に襲われた方々の記録は当然記載されているわけではないと・・・
04.12.31追加編集   02.11.05裕編集
   関連頁:大教寺

04.12.11撮影

04.12.11撮影
広島市南区北大河町23-8  大教寺内

’02.10.25. 撮影

’02.10.25. 撮影



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