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碑裏面・碑文 |
| この碑は元:水主町武徳殿前に存し原爆に被災倒壊せるを此の地に再建したものである。 |
| 昭和25(1950)年11月 広島県消防殉職碑建設委員会 |
| 戦前、水主町(かこまち)(現在:加古町)の県庁舎前に建っていて、戦後原爆で亡くなった組員(職員)を合祀して1950(昭和25)年、この地・南区
比治山公園に建立されたのだそうです。殉職者781柱のうち原爆犠牲者は681柱と多数の方々が犠牲になったそうです。 |
| 碑をよくみると広島県知事末松偕一郎(在任1926年9月〜1927年11月)の書とあるので、この碑は元々大正末期から昭和初期に建立されたものであろうことがわかりました。 |
| 07.08.19追記 04.08.01更新 01.12.31裕・編集 |