義勇隊の碑 (安佐郡佐東町川内温井義勇隊の碑)
































































































































































































































































































































碑文には174名とありますが
上温井 84名
中温井 46名
下温井 50名
180名の方々が犠牲になり碑裏面に氏名が刻まれています。
05.11.16碑文追記    01.10.30裕・編集

’01.10.25 撮影
広島市中区中島町1 本川緑地

’02.08.06. 撮影
八月六日慰霊式典が行われていました。
 爆心地から≒600mの中島新町付近で川内村の義勇隊※250人が建物疎開作業に従事しており、全員が亡くなった。
建立年月日 1964(昭和39)年8月6日
建立者 温井地区☆の遺族
☆川内村の中でも特に多い180人(碑文には174名となっていますが)の犠牲者を出したそうです。 
  多くの男性が亡くなり、その中の多くの所帯持ちであったため川内地区は「原爆未亡人村」(75世帯もできたそうです)となりその悲劇は今日語り継がれているそうです。戦争による未亡人はこの例にとどまらず全国各地に・・・
国民義勇隊
  太平洋戦争末期の軍事的国民動員組織。
1945年(昭和20)3月、小磯国昭内閣の際に、本土決戦に備えるため、防空、警防などの準軍事的活動を目的として同隊の編成が決定された。6月には大政翼賛会、大日本婦人会などを解散のうえ統合し、さらにその組織的強化のため同月公布の義勇兵役法により、16〜61歳の男子、17〜41歳の女子をもって国民義勇戦闘隊が全国民が編入されたが、間もなく敗戦で解散。



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被爆者が描いた絵・碑:10号碑