佐々木禎子さんが残した「折り鶴」

  (佐々木)禎子さんが残した折り鶴。  佐々木繁夫氏・雅弘氏寄贈
禎子さんは、鶴を千羽折ると願いがかなうという言い伝えを信じ、病気の回復を願って鶴を折り続けましたが、願いもむなしく亡くなりました。死後禎子さんをはじめ原爆で亡くなった子どもたちの慰霊と平和を守るための記念像がつくられました。
現在では、折り鶴は禎子さんの物語とともに平和の象徴として世界に広がっています。
  今回(2006年4月)の交流ウォークのときに原爆資料館内の資料をフラッシュをたかなければ撮影できるようになったと教えてもらい、この禎子さんが折った鶴を撮影しました。
展示されていた折り鶴はどこかでみたようなパラフィン紙などで折ったものもありました、以前薬包紙や包装紙を使って折られたものもあると聞いていたからかも知れません。
06.05.11裕編集

’06.04.15撮影
広島平和記念資料館内       禎子さんが折った鶴に目が留まりました

’06.04.15撮影






広島平和記念資料館



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