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2005(平成17)年3月19日に8号碑が、広島市中区富士見町の広島県歯科医師会館入口に建立されています。
碑には『 世界がヒロシマを忘れたとき、再びあの日は繰り返される。 』と書かれています。また、『あの日をみつめてください きのうを忘れては、あしたは見えない 昭和20年8月6日の朝、この場所で何が起こったか。写真の一枚もなく、ああ、どんどん忘れられていく。 どうか、目をそらさないでみてください・・・・・・』と・・ |
| この歯科医師会館には広島市歯科医師職員慰霊碑が建立されていますので4年ほど前撮影してから、会館前を何度も通りますがか,今(2005)年に「被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会」第八号碑が建立されたと知っていたので撮影で訪ねてみようと思っていたのです。 |
| 05.12.22裕・記編集 |
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| 関連碑:広島市歯科医師職員慰霊碑 |
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’05.11.03撮影 |
| 広島市中区富士見町11-9 広島県歯科医師会館 |
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「水をくれー」「水をくれー」と私に言った。学校から帰る際、先生から「水を飲ませたら死ぬ」と注意があった。私はその場を逃げるように足早に行った。手を合わす姿が今も忘れられない。
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死体の上に焼けたトタンがかぶせてあった。付近には収容されない死体が多く放置されていた。なんたる光景であろうか。1日前までは戦時下であってもみんな家族があり、元気で生きていたのに・・・・。
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2枚の絵は「被爆証言の会」代表の原広司さんが描かれたものです。
「13歳だった被爆翌日、千田町の工業学校からここ富士見町を通りました。絵には描ききれませんが沢山の亡くなった方が横たわっていました。ことばで表現できません。・・・・証言活動を続けていますが、未来に生きる子供たちに原爆の悲惨さと平和の尊さ、核兵器反対をさらに訴えていきます。」と除幕式の時に述べられたそうです。
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「絵には広島が多くの被爆者の犠牲の上に築かれているとの思いを込めました。カンナの花は被爆地に初めて咲いた花として広島の生命力を託しました。」ということだそうです。
米田勁草さんが描かれた絵。 |
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