(宮島)平和観音

  1954(昭和29)年発足の原水爆禁止宮島協議会が地元宮島の原爆犠牲者慰霊の要望に答え宮島仏教八ヵ寺、遺族、有志の協力を得て1955(昭和30)年12月陶製慈母観音像の慰霊碑を建立したそうです。
陶製観音像は台風時の飛石などで傷つき破損が目立ってきたので、1988(昭和63)年に宮島町社会福祉協議会、寺社関係者が平和観音建立実行委員会を組織して再建を目指し、広く町民の浄財を募り、
1994(平成6)年に開眼供養されたのが現在の石造座像の平和観音(2.6m)だそうで、六体の地蔵菩薩が平和観音の(背後)周りに鎮座されています。社会福祉協議会の資料では、戦没者227名中59名が動員学徒で、原爆死没者は60名を超えているだろうと。
  厳島神社をお参りしてから廻廊を通り出口へ行くのですが、出口前には大願寺の境内があります。その境内の東側にこの(宮島)平和観音が建立されています。
資料でこの宮島平和観音が建立されていることは知っていましたが、原爆関連慰霊碑としてやっと撮影し編集しました。
資料は西尾隆昌氏著「広島のいしぶみはみつめる」を参考にさせていただきました。 07.12.13裕・記編集

07.11.19撮影
広島県廿日市市宮島町北大西町3 大願寺境内

07.11.19撮影

07.11.19撮影
1955年建立時の台座の一部が残されています 1994年再建された平和観音
「平和観音像建立寄進者芳名」399の個人、法人名が記されています 平成六年夏建立(大願寺住職)平山真明



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