広瀬学区原爆死没者慰霊碑






 






 










 
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広瀬国民学校は木造2階建校舎3棟、校舎全壊・全焼だったそうです。
爆心地より≒1100m
2004(平成16)年8月3日に建立された新しい原爆慰霊碑です。
報道で知っていましたが、隣の広瀬神社は何度も訪れてはいたのですが小学校校内建立ですのでなかなか行きづらかったのです、広瀬神社の表忠碑の紹介だけではと思い訪ね頭を垂れ撮影させていただきました。
07.03.04裕・記編集

07.02.21撮影
広島市中区広瀬町2-8 広瀬小学校校内

07.02.13撮影

07.02.13撮影

07.02.13撮影
広島市立広瀬小学校略沿革
1908 明治41年5月1日 本川尋常小学校より分離し、広瀬北町21(番地)に広瀬尋常小学校創立
1913 大正2年 高等科を併設、広瀬尋常高等小学校と改称
1941 昭和16年4月1日 広島市広瀬国民学校と改称
1945 昭和20年8月6日 原子爆弾により全校舎焼失
校長以下教職員10名、児童37名死亡、100名行方不明
1946 昭和21年23日 本川国民学校と合同して本川国民学校跡地に開校
1950 昭和25年4月7日 現在地(当時・広瀬元町1番)に校地決定、広島市立広瀬小学校と改称
☆資料は広島市立広瀬小学校の資料を参考にしました



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