藤川製作鋼所供養塔

  藤川製鋼所(現:藤川産業)は、第2次世界大戦中軍需工場として軍艦のスクリューなどを製造していたそうです、工場は広島市大州にありここ府中町にも社有地があり丘陵地に横穴を掘り製造機械を疎開させ作業をしていたそうです。当時学徒動員の松本商業の生徒や女子挺身隊員を含め600人ほどが働いていたそうです。
1945(昭和20)年8月6日(月曜日)は府中工場は代休だったが、従業員、動員学徒、女子挺身隊員ら120名が国民義勇隊として県庁附近・主水町の建物疎開作業に出動して全員が原爆の犠牲になられ亡くなったそうです。
1946(昭和21)年8月6日供養塔を藤川製鋼所(初代社長・藤川長市氏)が建立されたそうです。
資料で知っていましたが今までこの辺りは行ったことがありませんでしたので、地図をみながら訪ねました。現在でも工場が多く、藤川産業は現在も山陽本線沿いにあり、そうだったかと・・通勤で窓外を眺めている時に目にしたことがあったな〜と思いました。
07.01.14裕・記編集

06.12.25撮影
安芸郡府中町茂陰1-13-21 久蔵寺

06.12.25撮影

06.12.25撮影
供養塔  真宗勧学 花田凌雲 昭和20年8月6日国民義勇隊トシテ出動中原子爆弾ノ為戦災死

06.12.25撮影

06.12.25撮影
昭和21(1946)年8月6日株式會社藤川製鋼所 裏面、戰災死者120名の方々のお名前が刻まれています



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久蔵寺

(久蔵寺建立)藤川製作鋼所供養塔

松本商業学校職員生徒慰霊碑