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碑石は、1943(昭和18)年11月にニューギニアで戦死された方の墓石であったが無縁仏となったのを機に先代御住職が門信徒の第二次世界大戦と原爆犠牲者の供養碑として改装されたそうです。
京橋川川原などで焼却されたおびただしい数の死者の遺骨(無縁仏)が運ばれ、また門徒200名近い方々が犠牲になり、浄土真宗では慰霊ということをいわない※そうですが、慰霊碑が建立された、これは異例のことと聞きますが供養塔かと・・
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| 交流ウォークで円光寺を訪ねたのは、原民喜氏のお墓にお参りすることだけで、この碑のことは知りませんでしたわたしは、資料で知って訪ねたのです、無縁仏となったお墓や石仏などとともに手厚く供養されているようでした。 |
| 06.08.21裕・記編集 |
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 06.07.21撮影 |
| 広島市中区東白島町16-20 (円光寺墓苑) |
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06.07.21撮影 |

06.07.21撮影 |
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| 慰霊碑と原民喜のお墓が並んで・・・ |
正面 |
側面 |
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| ※浄土真宗大谷派の資料を参考にしました。 |
『・・・死者の霊魂の存在を認めることのない仏教に、死者の霊を慰める儀式があるはずはありません。供養は仏教にあって大切な事柄でありますが、「死者の冥福を祈る」ためになされることではありません。
「戦争犠牲者法要」も、もし「慰霊・鎮魂」の気持ちで行われるならば、それは「気の毒だ」という高慢な感情の表れか、「安らかに眠って、恨みをもって、たたったりしないでくれ」という、利己的な功利心の現れと言えましょう。そのような「慰霊・鎮魂」は、仏教(特に真宗)ではないばかりか、むしろ非人間的な心と言わざるを得ません。・・・』と云っています。 |
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