さいれんじ 
西蓮寺
華臺山西蓮寺は浄土宗のお寺で御本尊・阿弥陀如来 創建は慶長十(1605)年とききます。
爆心地から≒80m  被爆当時町名:細工町)
許してわすれよ
  宗祖法然上人(1133-1212) の幼名を勢至丸といった。九歳の春(1141)年父・漆間時国は夜討ちにより非業の死を遂げた。時国はいまわのきわに、勢至丸に「恨みを抱き仇討ちをすれば、必ず相手方から仕返しをうける。又それに対してこちらが復讐するということになれば、いつになっても争いが尽きることはない。お前は仇討ちをやめてほしい。そしてこの世の中の争いをなくし、人々が平和な日々をおくることができるよう出家して、私の菩提をとむらってほしい」と語り、息たえた。この父の遺言が忘れ難く幼くして出家し、後に法然房源空として浄土門の信仰を説き浄土宗を開宗した。
  多くの方が原爆ドームを訪れていますが、東側の道路を渡った所に位置している西蓮寺を訪れる人は、平和を享受しているこんにち殆どといっていいほど?いないようにおもいます。被爆地蔵尊が祀られているその台座に埋め込まれた被爆当時の写真でその惨禍を僅かに伝えているのですが・・・
  今(2007)年になって被爆した構築物を訪ねてみようと思い、この西蓮寺の墓苑も再び訪ねたのです、戦後の区画整理で狭い墓苑になっているようでしたが被爆した墓石はすぐにわかるものでした。そして、今まで見逃していた掲示板に目が留まりました、上記に紹介した「許してわすれよ」との法然上人の言葉でした、わたしにはずっしりと思い言葉でした。南無阿弥陀仏と毎朝唱えている浄土宗宗徒のわたしにではなく、世界の人々への語り掛けと思ったのですが・・・
今回頁を分割し再編集しました。 07.11.25追記    04.09.20裕・紀編集

04.08.27撮影
広島市中区大手町1丁目3-10

04.08.27撮影

04.08.27撮影

04.08.27撮影
被爆後のお寺(台座に埋め込まれた被爆後の写真を使用しています) 被爆地蔵尊

07.05.30撮影

07.05.30撮影
被爆した墓石 被爆した鐘



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