広島瓦斯株式会社原爆被災説明板
  この地(現在の大手町第一公園附近)に、1922(大正11)年9月に広島電軌と合併してガス事業と電鉄事業を兼営していた広島瓦斯電軌の本社ビルがRC(鉄筋コンクリート)造3階建・地下1階として建てられましたが、1942(昭和17)年4月に戦時経済統制で広島瓦斯と広島電鉄に分離したそうです。
1945(昭和20)年8月6日南西(爆心地より反対側)を残し崩壊し全焼しました。
爆心地より≒210m
出社していた約30名※の職員が亡くなり、奇跡的に脱出した男性3名、女性2名の方々もまもなく死亡され、当時の山口社長は黒焦げの歯で本人確認ができたという悲惨な状況であったそうです。
※資料によって亡くなった方が違いますが多くの方々が犠牲になった当時の混乱を考えれば・・・ 05.08.16更新   00.11.30裕・編集

00.11.11撮影
広島市中区大手町2‐12 元安川緑地帯
広島瓦斯株式会社跡・原爆被災説明板
爆心地から約210m 
当時町名:大手町3丁目(現在の広島市中区大手町2-5)
  鉄筋コンクリート造り、地上3階・地下1階建てのこの建物は、原爆により、南側の一部を残して崩壊し、屋内にた約35人の職員は、全員が死亡しました。すさまじい爆風圧によって、各階の床と天井が1枚になって崩れ落ちました。
広島瓦斯株式会社跡 佐々木雄一郎氏撮影



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広島瓦斯(株)原爆被災説明板