参考図書・参考資料
ホームページ『廣島ぶらり散歩』などわたしが作成している頁で参考とした図書・辞書パンフレットです。 08.10.09更新  01.03.21裕記編集
ヒロシマ読本   (財)広島平和文化センター 著者:小堺 吉光
ヒロシマの碑(いしぶみ) 広島県教育用(株) 著者:宅和 純
広島のいしぶみはみつめる 自費出版 著者:西尾 隆昌
ヒロシマ散歩 (株)汐文社 著者:植野 浩
平和記念式典の歩み (財)広島平和文化センター 著者:宇吹 暁
世界平和記念聖堂 相模書房 著者:石丸紀興
宇品築港物語 溪水社 著者:竹島浅吉
櫻隊全滅ある劇団の原爆殉難記 未来社 著者:江津萩枝
私はヒロシマ、ナガサキに
    原爆を投下した
原書房 著者:C.W.スウィニー
訳者:黒田剛
安芸の伝説 第一法規出版(株) 編著:藤井昭
敬称は略しました。
広島便利情報地図-街の達人 (市内10,000/1の地図です) 発行:昭文社
広島都市図-文庫版 (ウォーキングのお供です) 発行:昭文社
あきく魅力まっぷ 発行:安芸区まちづくり推進課
ひろしま神社めぐり (発行)広島県神社庁 広島市支部
二葉の里歴史の散歩道 発行:広島市東区役所区政振興課
西国街道めぐり 発行:広島市企画総務局都心活性化推進課
ひろしま八区ぐるっと散策「みち」めぐり 発行:広島市市民局市民活動推進課
かいたの文化財 (発行)広島県海田町教育委員会
広島中心部街歩きマップ 発行:(広島市)都心活性化推進委員会
図説広島市史 広島市編集・発行
広島新史 広島市編集・発行
新修広島市史 広島市役所編集・発行
広島原爆戦災誌 広島市編集・発行
ヒロシマの被爆建造物は語る 広島平和記念資料館発行
広島原爆被害の概要 広島平和記念資料館発行
碑めぐり ガイドブック  生協ひろしま
慰霊碑解説のしおり 被爆体験証言者交流の集い
あるいてみよう広島のまち 広島平和教育研究所出版部
廣島市街明細地圖・明治20年 出板人:松村善助(廣島縣平民)
ガイドブックヒロシマ被爆の跡を歩く 原爆遺跡保存運動懇談会編
河岸の戦後史11瀬野川 広島市市民局生活文化部文化担当発行
河岸の戦後史4本川 広島市市民局生活文化部文化担当発行
河岸の戦後史2京橋川 広島市市民局生活文化部文化担当発行
瀬野川町歴史探訪 瀬野川中学校生徒会社会科部編
ふるさと散策マップ集 海田町ふるさと館発行
石仏石神等民間信仰調査報告 広島市教育委員会発行
広島の石碑 心と形 広島市教育委員会発行
縮景園史 広島県教育委員会発行
伊都岐嶋 厳島神社社務所発行
いつく島の史跡・名勝 福田直記編集・宮島町発行
ユネスコ世界遺産原爆ドーム 中国新聞社編
広島名誉県民小伝圓鍔勝三 広島県:発行 (株)中国新聞社編集
広島県大百科事典 中国新聞社:発行
ひろしま通になろう 中国新聞社:発行
世界大百科事典 平凡社版
日本大百科全書・ポケット版 小学館版
日本語大事典 小学館版
大辞林 三省堂版
新漢和中辞典 三省堂版
広辞苑・第五版 岩波書店版
日本人名大辞典 講談社版
日本人名事典 三省堂版
神社辞典 (白井・土岐編) 東京堂出版
日本の神様事典(川口謙二著) 柏書房版
04 03.06.15  広島の橋の再編集をしていて資料がないかとわが町の区民センターの図書館で探したのですが・・・
目に止まったのが「ヒロシマ散歩」(原爆遺跡・戦跡をたずねて)と副題がついた植野浩氏の著書でした。

「一人でもグループでも気軽にフィールドワークでき地域ごとに紹介する・・・」と言っておられるように手引き資料として参考になりました、わたしの知らなかったことばかりでありおじさんの原爆記の資料として被爆当時の福屋百貨店の記述も参考にさせていただきました。
パウロ2世の
ヒロシマを考えることは、平和にたいする責任をとること』という言葉を引用され「次代をになう子どもや孫たちに、清らかで青い地球を残すためにも、いま生きている足もとを、みんなでしっかりみきわめたいものである」と言われていました。
 私も広島ぶらり散歩の頁作成動機が植野氏が言われるようなことでもありましたので引用させていただきました。
03 03.04.04  わが町の安芸区民センターに併設されている図書館で目にした
西尾隆昌氏著「広島のいしぶみはみつめる第1集・第2集」を即刻借りました。
先日の“ヒロシマの碑”は著者の思いが行間に深く伝わる力作でしたが、この2冊も淡々と原爆犠牲者・死没者の慰霊碑関係、原爆関連の碑381基の碑を関係者への取材をもとに紹介されている著書なのです、その淡々さゆえに大変な力作だな〜と思いました。
 お袋が被爆した子供としてあまりにも無関心でありすぎたと思い、少しづつ原爆関係の慰霊碑を撮影し残して行こうと思い(NETで検索してみて原爆に関する慰霊碑関係が一覧で調べられる資料が少ないように思われて・・・)「裕の原爆慰霊碑巡り」を作り出しましたが、単に碑を訪れ撮影し編集しているだけなのですがこれが結構時間がかかるのです。 
西尾隆昌氏の著書「広島のいしぶみはみつめる第1集・第2集」の足元にも及ぶものではないのは重々承知していますが、少しでも慰霊碑関係の紹介が出来たらと思っています、参考にさせていただく事も多いのです。
今またイラクを巡って戦争が始まっている事に戦争反対の言葉しかない私ですが、『安らかに眠って下さい過ちは繰返しませぬから』と誓ったはずの広島市民、国民であるのですから・・・
02 03.02.21  海田町の「ふるさと館」に行った時図書コーナーで
「ヒロシマの碑(いしぶみ)」という宅和純氏著(1993年亡くなった)の本があり借りたのです。
この著書には155箇所の原爆に関わる碑(いしぶみ)が紹介されていました、当然私の知らない碑が多くあり碑にまつわる話を教えていただきました。

色々なところで原爆に関する碑があることを改めて教えていただき、広島の人びとが色々な形で平和を考え伝えていこうとした思いがそこにあるのだと、その碑の前に立つと目頭が熱くなってくるのです涙腺が緩む歳になったのかと思う今日この頃のわたしなのです。

今回UPした海田町の碑はこの本には紹介されていませんでしたが、ふるさと館でいただいた町内紹介パンフレットで知り本の返却時に訪れたのです。
01 01.03.21  C.W.スウィーニー空軍少将(=廣島・長崎の原爆投下作戦に参加した退役軍人)の著書「私はヒロシマ、ナガサキに原爆を投下した」のなかで彼はこう言っています。
第二次世界大戦を引起したことと戦争中に行った残虐行為について自らの責任を認めたドイツと違い、日本は米国の歴史学者の助けをえて、自分達は当時の状況の犠牲者であったという幻想をかたくなに主張しつづけている。
今日、日本は自分達の行為を正当化する為に人種という切り札を巧みに使おうとしています―自分達は侵略という犯罪行為に携わっていたのではない。日本はただアジアの抑圧された人々を。白人の帝国主義から解放していたのだ、と。・・・・・・・・・
 私は核兵器の使用を祝うためにここに立っているのではありません。むしろ逆なのです。
私は自分が行った作戦が、そのような作戦の最後のものである事を願っています。我々は1つの国として、核兵器の存在を憎むべきです。私は心から憎んでいます。・・・・
 アメリカの人々が、戦争の終りについてすべての事実を吟味し、洗練された判断を下すだけの良い感覚と公正さ持ち合せる事を、信じています。これは大切な議論です。わが国の魂が―その本質である歴史が―危険にさらされているからです。
』 という文章で結んでいます。



(広島ぶらり散歩表紙へ)