げんばくどーむ
原爆ドーム
原爆ドーム (旧:廣島縣産業奬勵館)
 1945(昭和20)年8月6日(月)8時15分米軍投下の原子爆弾の爆風がほとんど真上(広島県産業奨励館が爆心地から≒160mで原爆が高さ≒600mの処で炸裂)からであったので、壁の一部が残りドームの鉄骨が残りました。その形からいつしか「原爆ドーム」と呼ばれるようになったそうです。
原爆ドームの保存
  はじめは、「原爆による惨禍の証人として保存する」意見と「危険物であり、被爆の惨事を思い出したくないので取壊す」との意見の対立がありました。1966(昭和41)年7月の市議会にて満場一致で永久保存が決まりました。

ドーム部分拡大画像  04.08.27撮影
世界遺産への登録
  人類史上最初の原子爆弾による被爆惨禍を伝える歴史の証人として、また、核兵器廃絶と恒久平和を求めるシンボルとして1996(平成8)年12月「世界遺産条約」に基づきユネスコの世界遺産一覧表に記載されました。
夜の原爆ドームをはじめて撮影してみました。
08.10.03更新    00.01.15裕・編集

 1945.11米軍撮影   写真:広島平和記念資料館提供

02.11.02(祇園高校文化祭で)撮影
所在地:広島市中区大手町一丁目10番 (被爆当時町名:猿楽町

00.01.10撮影
南西方向から元安川越に原爆ドーム(高さ≒25m)を見る。    照明灯は広島市民球場のものです。

06.02.18撮影
原爆ドーム健全度調査(平成17年11月28日〜平成18年3月31日)用の足場が組まれていた時の原爆ドーム

08.10.02撮影
原爆ドームは昼撮影するものと思っていたのですが、立ち寄ってみました(ライトアップしていました)。 
「原爆ドーム」編全体


「平和記念公園」編



広島ぶらり散歩
原爆ドーム
被爆後1945年11月(米軍撮影画像)
旧・廣島縣産業奬勵館について
(広島県産業奨励館は)湾曲した建物
原爆ドーム鉄骨部分(楕円形について)
設計者:ヤン・レツルの略歴
広島県産業奨励館・噴水跡
  広島県産業奨励館噴水の吐水口
03.10.22設置