猿楽町通り周辺・原爆被災説明板

  平和記念公園内に設置された4箇所の原爆被災説明板うちの1つです。
市内電車で平和記念公園を訪れる多くの方は原爆ドーム電停で降りられ横断歩道を渡り公園に入られることでしょう、そこに設置されているのがこの原爆被災説明板です、すぐに原爆ドームを見られるのもいいかもしれませんが、チト立ち止まってこの説明板にも目を通されてはと・・・
他に 中島地区  広島県産業奨励館(現:原爆ドーム) 燃料会館(現:レストハウス) です。
04.04.07更新    00.12.01裕・編集

’04.04.06. 撮影
広島市中区大手町一丁目10 (原爆ドーム東、電車通側)
復元戸別地図作成・監修 矢倉会(爆心地猿楽町周辺生存者の会)
下側(北側)が市内電車通り  中央(原爆ドームから西に伸びている道沿いに)猿楽町がありました。

’00.11.23. 撮影
猿楽町通り周辺・原爆被災説明板
  この地域一帯は、藩政時代からの城下町として、能楽(猿楽)師、細工師、医師をはじめ大小の商家が軒を並べてにぎわっていました。
1945( 昭和20) 年8 月6 日午前8 時15分、人類史上初めての原子爆弾が細工町の島病院の上空約580mでさく裂し、爆心直下のこの一帯は、人も街並みも全滅しました。焼け跡には、広島県産業奨励館の残骸(現在の原爆ドーム)だけが象徴的な姿をさらしていました。
 
復元地図は、原爆で消えたかつての町並みを後世に残すため、1998(平成10)年に作成されたもので、この一帯が最も活気あふれていた1940(昭和15)年前後を生存者の情報をもとに再現したものです。
広島商工会議所屋上から猿楽町通りを見下ろす
1945(昭和20)年10月初旬 林重男氏撮影



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