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| ローマ法王平和アピール碑 |
| 私達は平和と愛を教える法王の崇高な御言葉を不朽のクレド※として心に受けとめ再びヒロシマを繰り返さないとの決意を新たにし、この碑を永遠に残す。 |
| 1983(昭和58)年2月25日 ローマ法王平和アピール碑建設委員会 |
| アピールの一部です |
「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命を奪います。戦争は死そのものです。過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです。ヒロシマを考えることは核戦争を拒否することです。ヒロシマを考えることは、平和に対しての責任をとることです。」と全世界にむけて「平和アピール」を行ないました。 |
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| ※クレド(ラテン語) Credo: ミサの式文のひとつ。信仰宣言。「われは信ず、唯一の神」の句で始まる。 |
| 05.08.16 追記編集 03.03.10 裕・編集 |
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’03.03.02. 撮影 |
| (広島市中区中島町1 広島平和記念資料館東館1階ロビー) |
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| 「一度は分裂した世界が再び肩を寄せ合い、調和と安定、共存を願って手を合わせている状態」 |
| を表現しているそうです。 |

05.07.16.撮影
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制作者:杭谷一東
(彫刻家、広島県甲山町出身)
筆者 森下弘
アトリエ LUIGI CORSANINI カラーラ
アトリエ 三好石材工業(株) 福山 |
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’03.03.02. 撮影
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ヨハネパウロ2世
Karol Josef Wojtyla
1920-2005 |
ポーランドのクラークフ出身 、1978年10月16日17時15分コン
クラーベの結果法王に選出される。
1946年10月に助祭に任命され、11月に司祭。そしてロー
マに留学。さらに1948年Jagiellonian大学の神学修士の学位を取得。1960年
クラークフの司教補、1963年参事代理となり1966年クラークフ司教。そして1968年任枢機卿。
日本には1981(昭和56)年2月に来訪、2月25日広島を訪れ、全世界に向けて平和アピールを発しました。
1981年5月13日トルコ人アリ・アジャが法王 を狙撃、4時間余の大手術で回復。
1986年ユダヤ教の教会をキリスト教史上初めて訪問、1993年イスラエルとバチカンの国交が樹立。また英国国教会とも
1989年ロバート・ランシー・カンタベリー大司教との会談が実現。キリスト生誕2000年を祝う「大聖年」を主宰し、分裂したキリスト教会の和解や異宗教との対話に力を入れていた。2005(平成17)年4月2日午後9時37分(日本時間3日午前4時37分)死去。
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