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舟入本町で被爆、長男(17歳)と長女(13歳)を喪った坂本文子さんは「ヒロシマ・ナガサキの修学旅行を手伝う会」(代表・江口保氏)の依頼を受け1976(昭和51)年より被爆体験の語り部として活動を続けられましたが、1987(昭和62)年より病魔に侵され、1988(昭和63)年癌性腹膜炎で亡くなりました(80歳)。
坂本さんが生徒たちに託した思い「平和のことよろしく」が碑文となり、地球と平和を表す半円球の石碑となっており、1994(平成6)年12月13日に除幕されたそうです。 |
| 以前ここ天満神社を訪ねた時にこの碑(いしぶみ)があることを知ったのですが由来がわからなかったのです。2005年7月の交流ウォークの時この碑を撮影してかすかな碑文がわかり、資料でそのいわれがわかりました。 |
| 資料は西尾隆昌氏著『広島のいしぶみはみつめる』を参考にさせていただきました。 |
05.10.08裕・記編集 |
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