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| 昭和20(1945)年8月6日原子爆弾の一閃は全市を廃墟と化し、20有余万の生命を奪い去った事実は世界史上初 |
| の一大痛恨事として永遠に忘れる事は出来ない。 爾来幾星霜、我々は地下に眠る精霊歔欷の声に応え |
| 平和を求め続けて来たがいまだに核戦争の脅威と人類滅亡の不安に脅かされている。よって我々は原爆犠牲 |
| 者の生命を永遠ならしめ、人類悠久の平和を願うため、かねて全国の児童生徒に呼びかけ浄財の募金運動を展 |
| 開し、有志団体の協力を得て、今こゝにこの像建立の目的を達成した。我々の願いは必ずや世界恒久平和への |
| 道に通じるものと確信する。 昭和52(1977)年8月広島平和祈念像建設会 代表:前田佳哉 彫刻:圓鍔勝三 |
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| 碑文より |
06.09.15追記 04.06.10碑文など追記編集 02.02.10裕・編集 |
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| 関連頁:(長崎の平和公園建立の北村西望氏作)平和祈念像 |
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05.04.09撮影 |
| 平和祈念像は満開の櫻を背にしていました、花見の人が弁当を広げて・・・ |
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’03.11.22 撮影 |
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平
和
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念
像
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てんしん
天心 |
1)空のまんなか。空の中心。
2)天の心。天子の心。 |
どうじ
童子 |
1)子供。3)〔仏〕寺にいて、8歳以上20歳未満で、剃髪得度せず、仏典学習のかたわら種々の雑務を行う者。 |
いっせん
一閃 |
ぴかっと光ること。さっとひらめくこと。 |
きょき
歔欷 |
すすり泣くこと。むせび泣くこと。 |
じらい
爾来 |
その時以来。それより後。 |
せいそう
星霜 |
としつき。年月。歳月(さいげつ)。
〔古くは「せいぞう」とも〕 |
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’02.02.03. 撮影 |
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’03.11.22 撮影 |

’03.11.22 撮影 |
| 1975 (昭和50)年初秋 |
圓鍔勝三作 |
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| ※『2006(平成18)年1月11日7時50分頃「平和の灯」の北側壁部分に“ボケ”と落書きがあるのを通行人が見つけた、他にこの「平和祈念像」の台座北面(裏面)にも“ボケ”と落書きがあり、公園内設置のトイレ壁にも赤いスプレーで“ボケ”と落書きがあった。公園を管理する広島市緑化推進部はペンキ消しを委託業者に依頼し夕方までにほぼ消した(「平和祈念像」の銘板に僅かに残った塗料は12日に除去する)。広島中央署は器物損壊の疑いで調べている。』と報道で知りました。 |
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