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| 伝承:延喜年間(901-923)伊予国越智郡司越智次郎通兼が弘法大師(真言宗の開祖:774-835)法孫々弟子龍明大阿闍梨から弘法大師の御影像とともに文殊・大日・不動の三仏を授かり同(越智)家の守護本尊としていました。のち、子孫・村上彦左衛門常房の時、福島正則(1561-1624:広島藩主在任1600-1619)の招きに応じ慶長10(1605)年8月国泰寺沖の葦の中に建立、安置しました。戦後現在地に安置されました。 |
| 2003(平成15)年になって資料でその碑のことを知り撮影しましたが、雑魚場町疎開地跡として撮影したのは2006年の交流ウォークのときになってしまいましたが、荒神堂の由来はわからなかったのです。2008年になって資料を見ていると記述がありましたので参考にして、分離して再編集しました。 |
| 資料は、広島市教育委員会発行「民間信仰調査報告」を参考にしました。 |
08.08.31再編集 06.10.15裕・記編集 |
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06.05.11撮影 |
| 広島市中区国泰寺町1-9-30 |
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06.05.11撮影 |
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| 雑魚場荒神堂 |
昭和27(1952)年5月 雑魚場町 |
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こうじん
荒神 |
民俗信仰の神の一つ。竈神(かまどがみ)として祀られる三宝(さんぽう)荒神、屋外に屋敷神・同族神・部落神として祀る地荒神、牛馬の守護神としての荒神に大別される。 |
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